シティタワー品川

もらう側の意思

政府が提供する財·サービスは公共財や公共サービスと呼よく知られているように、ばれている。公共財の供給は政治的な意思決定によって左右される。公共財は、排除不可能性という性質を持っている。これは料金を支払わない人をその消費から排除できないことをいう。もつとわかりやすくいえば、お金を払わなくても、そのサービスを消費できることをいう。一般の道路や公園のように、料金徴収が不可能か、あるいはその徴収にきわめて大きなコストがかかる場合には、民間企業によっては、そのような財は供給されなくなってしまう。
料金収入が得られないので、民間はそのようなビジネスには参入しない。このような公共事業においては、政府や自治体が税金を財源にして供給する以外に方法がな。もちろん政府が公共財の量を望ましい水準に決める際には、住民である消費者の便益を正確に知る必要がある。しかし、右に述べた排除不可能性のために、個々の消費者には、「ただ乗のインセンティブが発生する。
り」また、公共財は料金が徴収されないため、みずからの選好を正しく表明しないという問題が発生する。
もし多くの人々が自分の選好を正しく表明すれば、それらの選好を評価して最適な水準に公共財の供給量を決定することができる。たとえば、住民一人一人に一回の道路利用にいくら支払ってもよいかをアンケートして、その合計金額が道路の建設費を上回るときに、道路を造るという決定ができるしかしながら、自分の選好を正しく表明することはしない。もし正直に選好を表明すればその分の負担も求められることが予想されるからである。
料金が徴収されないことがわ逆に、かると、公共サービスを過大に評価する傾向がある。
したがって、ほとんどの公共事業は政治的な意思決定によって決定されざるをえない。なが都市住民に注目されるのかこのような地方の公共事業のなかには、むだ遣いと批判されるものが多くある。農地干拓事業だけでなく、農道空港や未完のまま放置された林道、大規模な工場基地、タヌキやキツネしか歩かない道路などである。あるいは、利用者がほとんどなく赤字を垂れ流している温泉ランドなどが批判の対象になっている。
防災を選択するか、ムツゴロウを守るかという議論は、マスコミをたいへんにぎわせた。
しかし不思議なことは、なぜこのようなローカルな問題が、都市の人たちの間で大きな注目を集めたのかという点である。
相続がいつ発生するかわからない状況では長崎県の諫早湾というある地域の防災上の問題が、都市住民の関心を引いたのはなぜだろうか。なぜ都市住民は、温泉ランドや諫早湾のムツゴロウに気を揉まなければいけないのだろうか都市住民が長崎県の干拓事業について議論していることにくらべて、諫早の住民たちがそれほど関心を示していないようにさえ思われるのはなぜだろうか。温泉ランドを造ることに疑わしい目を向けているにもかかわらず、温泉ランドを造っている地元の住民たちの関心が低いのはどうしてだろうか。
地方交付税等を通じた地方財政制度の再分配政策にある。その原因は、都市住民から地方の無視できない大きなお金が流れている。住民に向けて、都市の人々の負担したお金で諫早の干拓事業も温泉ランドも造られている。タヌキしか通らない道路が造られたり、運ぶ野菜の金額以上の経費がかかると批判された農道空港等も同じような理由からである。他方、地元の人たちは自分たちのお金ではないから、まともに議論する必要もない。

都市住民からのお金で防災

かりに莫大なコストがかかり、決して効率的でない事業であってもが確保できるのであれば、まともに議論する必要はないのである。の割当問このような再分配政策は、地域振興しかしという大義名分のもとに実施されている。にはどのような合理性があるのだろうか。
資源配分の効率性とい地域振興この種の議論は、都市所得分配の公正という観点から正当化されているように思われる。う観点からではなく、地方は貧しいという議論は、いまだに説得力を持っている。
は豊かであるが、しかし、かりに都市に比較して地方に本当に貧しい人が多いとしても、それは分配政策としての税制の必要性や改革を訴えているのであり、公共事業の必要性を直接支持するものではな地方においても一定の再分配が必い。
貧しい人に対しては、都市においても、いい換えると、要である「政策地方交付税を用いて公共事業によって再分配を実現しようとするのは、これに対して、なぜならば、地方交付税を通じた公共事業によって、として望ましくない。手段の割当問題」都市の貧しい人たちの税金で保護することになりかねない地方にも存在する富裕な人たちを、からである。これは明らかに不公平な再分配である。
さまざまな政策手段を複数の政策目標にどのように割り当てる政策手段の割当問題とは、政策目標を最も同時にかつ効率的に達成できるかについて検討したものである。と、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者であるマンデルが明らかにしたように、ここには比較優位の原則政策目標と同数の政策が妥当する。
複数の政策目標を同時にかつ効率的に達成するためには、手段が必要であり、複数の政策手段のうち、各政策目標の達成に相対的に有効に貢献する手段それを各目標達成に割り当てる必要がある。

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を選んで、有効性の異なる二つの薬これをもう少しわかりやすく説明しよう。二つの病気を治すのに、とくに薬は副作用をともなうのが必要である。一つの薬で二つの病気を治すことはできない。つまり二つの病気を治他の病気を悪化させてしまうかもしれない。で、一つの病気を治すと、には、が必要である。
次に、二つの薬政策手段それらをどのようにす二つの政策目標二つの病気を同時に治すことができるだろうか。それぞれの調合すれば、答えは簡単である。病気の治療に相対的に有効な薬を割り当ててあげればよい。
公#地方の活性化政策目標は、この割当問題の解を右に述べた公共事業について当てはめると、と分配の公平性である。他方、用いる政策手段は、現状では地方交付税を通じた公共事業であ政策手段の数が足りない。地方の活性化地方交付税による公共事業だけでは、る。
このとき、かりに地方と分配の公平性を同時に達成することはできない。地方交付税による公共事業は、の活性化に貢献するとしても、分配の不公平をもたらす。貧しい都市住民層から富裕な地方住民への再分配が生じる。二つの目標を同時に達成するためには、もう一つの政策手段を用いる必要がぁしたがって、地域だけにかぎらず社会全体の分配の公平性を達成するためには、税制る。そしてこのとき、を用いることが効率的である。

他方、地方の活性化を達成するためには公共事業によるインフこれによって、それぞれが有効な貢献をすラの整備という政策手段を割り当てる必要がある。ることになるであろう地方交付税地方交付税を通じた公共事業は右に述べた副作用をともなうので、そのうえで、

地方の独立の財源で公共事業をまかなうことが必要であろう。そのためには制度を廃止して、自治体に課税自主権や自由な起債を認める必要がある。
これによっ地方分権化にともなって、地方の公共事業は地方の活性化に大きく貢献する。
この点については後に再検討してみよて、ういずれにしても、公共事業は効率性の観点からのみ、評価されるべきである。分配政策という観点から評価すべきではない。

受け取った生命保険金への相続税は発生しますを用いた効の方効率性の観点から公共事業を評価するためには、どのような方法が考えられるでそれでは、あろうか企業活動にどのような影響を及ぼすかを最近の経済学の研究では、公共資本が生産関数推計することが主な検討課題である。この考え方に従えば、私たちの満足度を示す効用関数を生活関連投資が効用関数をどれだけシフトさせるかという点を、推計することによって、同様観察可能なデータが存在しなに検証することができる。しかし、効用関数の推計というのは、私たちの効用を観察可能なデータとして評価することは、非常にむずかいために困難である。効用にかわる観察可能なデータを見つけることが必要である。しい。
したがって、いま資源の自由な地域間移動を前提としたうえ一つの可能性は、地価を用いることである。ここで、ある地域に公共資本が投下されで、人々は同一の効用関数を持っていると仮定する。公共サービスの質が改善したとしよう。この質の改善は地域住民の効用を増大させることになる。地域間に生じた効用の差は人々の移動をもたらす結果、地域間の土地に対する需要の変化公共サービスの質の良い地域へ向かって人々が移動する。
となって反映する。土地に対する需地価の変化をもたらす。
要の変化は、地価の変動をとらえることができれば、公共資本ストックのサービスの違いがしたがって、つまり、人々は地域間効用にどのような影響をもたらすかを間接的に評価することができる。その地域ごとで得られる効用に従って地域を選択すると考えられる。
二つを移動するときに、の地域の間で公共サービスの違いが存在すると、長期的には公共サービスの水準の高い地域あその土地に対する需要は増加し、るいは質の良い地域に人々は移動していく。地価は上昇する効用の差をもたらし、その効用の差が地価の変化とつまり当初に生じた公共支出の違いが、なって土地市場に現れる。
したがって、地価の差を適当なデータを用いてコントロールしたうえで、地域の公共投資ス·データを用いて、地価を推トックに回帰するという方法が考えられる。

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·セクションクロス地域間に存在する公共資本ストックの差を地価によって説明することが可能となる定すれば、これが、生活関連投資がどれだけ人々の効用に影響を及ぼすかを評価する方法となる。この地価の上昇を用いて評価することができれば、地価の上昇額がこの諫早の干拓事業も、この事業は効率的と判断される。これに対して、地価事業にかかる費用よりも大きいときに、この事業は中止されるべきである。これが効率性の基準の上昇額が費用額よりも小さいとき、である十分なデータや研究の蓄積は少ない。
これからは、このような観点から、現状ではまだ、生活関連型の公共資本がどれだけ人々の効用や生産関数に影響を及ぼすかについて分析すること効率性の観点から、どのような公共事業が必要であるかが重要になってくるだろう。今後は、異なる事業間の便益を評価する手法やシステムのという点についての議論を深めるとともに、確立が必要である。
右に述べたように、地価を用いることであるこのための一つの可能性は、

の効率性をもたらすかによる投票さて、このような事業評価は、市場を通じては達成されないのだろうか。この点を次に考えてみよう。
ここで重要なのは、住民の足による投票と情報公開制度であるもし、地方分権が進み、地方交付税制度が廃止になって、地元の人たちの負担で自分たちの公共事業の資金が調達されることになれば、事態はどのように変わるだろうか。
相続税はここまでかかりません公共財の供給は政治的な意思決定にゆだねられるから、効率性は保証されるものではないと簡単にいい切れるだろうか。そのとき、諫早湾の干拓事業は本当に実施されるだろうか。ムツゴロウよりも防災面を重視することが、いまと同じように主張されるだろうか課税自主権によって、地方自治体が自由に財源を調達できるようになれば、たとえば固定資産税の税率を自由に変えることによって、あるいは地方債を自由に発行できるようになれば、どのようなことが起こるだろうか。
地方の人たちが自分たちの財源で自分たちの公共事業を実施することになれば、公共事業の性質やその公共事業から得られる便益がどの程度であるかを、いまよりももっと真剣に議論するであろう。自治体がむだな公共事業を実施しているのであれそれに歯止めがかかることになる。ば、もちろんそのためには、情報公開制度が必要である。

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