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土地のリースに人生を救われた

子どもが大きくなっても、広いアパートに住み替えることができないこれは仕方のないことだろうか。一部の民法学者が借家人の保護を主張するときに、このような事実は無視されている。目に見える既存の借家人の保護だけを訴えるかわり、潜在的な借家人の不利益は無視されてしまうとしたら、これは想像力が欠けているといわざるをえない。定期借家権は家賃を下げられるかもう一つのポイントがある。
一部の民法学者の定期借家権導入反対論には、それは、借地借家法が改正されても借家の平均規模は大きくならないし、また家賃の低下はありえないという

そのような議論に対して反論するための証拠を挙げてみよう。では、のであるこれまでにもこの種の議論に関する研究は数多く行われている。
それはアメリカでは、比較研究が可能だからである存アメリカには、ボストンやニューヨークなどのレント·コントロールの存在する都市と、在しない都市とがある。

両者の地域の間で家賃にどのくらいの格差が生じているかを計測した住宅の老朽化にどの程度の違いがあるかを計測した研究もある。さらには研究がある。また、あるいはレント·コントロールによって、所得水準の低い人たちがどのくらい住んでいるか、借家人の利益がどの程度守られているかについての実証研究もさかんに行われている。もち両都市の間にはさまざまな環境上の差異がある点を十分に考慮したうえで、比較がなさろん、れている日本ではこのような比較研究はむずかしい。
正当事由制度が導入された一九四一年しかし、以前のデータが十分に存在しないために、それ以前と以降とをくらべることができないためで法律が実効的でない地域が存在また、借地借家法は日本全国を対象としているために、ある。地域間を比較することはできない。しない。したがって、t則列筆者たちが行った次のような計測の例を、簡単に紹介しよう。以下では、人向けの家賃は低い借家人が弱者であることを前提にしている。
これに対して裁借地借家法の正当事由制度は、借家人が法人である場合には、正当事由の必要度は低くなると考えている。判官は、つまり法人は弱者ではないと認識しているのであろう。借家人が法人である場合をサンプルとして取り上げた。
これは法人契筆者たちの計測では、法人がみずからの社員の住宅を確保するように約と呼ばれるものである。福利厚生のために、それをみずからの企業の社員に貸している場合が法人契約として企業が家主から家を借りて、借家人が法人である場合の家賃と個人よりも法人は弱者ではないという前提のもとで、ある。

父の相続発生時点その差には有意な差異があることがわか借家人が個人である場合の家賃とを比較してみると、る借家人が法人であ家賃に影響を及ぼすその他のさまざまな要因がある点を考慮したうえで、法人向けの家賃のほうが八る場合とそうでない場合とを比較すると、一0%低くなっている。借家人が弱者でないかぎり、正当事由制度は緩和させられる。この調査から明らかなように、借主を法人に限定すれば、契約の完了時点で立退き請求や更新時の家賃それを家主は考えて、その結果、逆説的ではあるが家賃は実質的に低下しているの改定も容易に行うことができる。
というのが、この調査結果の意味である正当事由制度によって、家賃は少なくとも八一○%高くなっており、いい換えると、この借家の供給量が借地借家法によって実質的に制約されていることを意味している。
以ことは、日本の借地借家法の正当事由制度が借家供給量や家賃に及ぼす効果を検証した例である上が、最近次第に蓄積されており、日本でも、民法学者の素朴な議論に対するこのような計測は、反論が正当であることが立証されている。最近の研究では、定期借家権の導入によって、ファミリー向け借家の家賃は一五%ほど低下しているという結論も報告されている。
からの反論も借地借家法がとりわけ規模の大きな借家の供給を阻害しているという点については、経済学者からの反論も存在する。最も強力な反論は、コースの定理の成立を主張したものである

(コースの定理については、本章補論を参照)コースの定理を用いると、借地借家法の影響はどのように評価されるであろうか。まずはコースの定理が成り立つ世界のことを考えてみよう。
外部性この場合のとは借家権のことである。
「経済主体間の自発的な取引によって内部化」するためには、借家権が市場でこれを取引されるようになればよい。

借家権の保護があったとしても、借家権価格が借家権の取引市場に正当事由制度によって、おいて形成される結果、借家権を取得する際の価格が上昇することになる。いい換えると、借以前よりも高い家賃や敷金を払うことによって、家人は借家契約を結ぶ際に、この借家権を取家主のほうも、このように敷金や家賃が上昇すれば、得することになる。
以前と同じだけの借家を供給する借家権保護によって、家主が契約期間の終了時点で借家人を立ち退かせることがすなわち、できないとしても、その分だけ、家賃や敷金が上昇していれば、前と同じ分だけ借家を、借家の規模を変更することなく供給するはずであるというのが、コースの定理をこの正当事由制度に応用した議論である自由な取引が行われるかしかし、コースの定理が成立するためには、このような取引自体が自由に行われることが必要である。
とくに、初期時点で権利の内容が明確になっている点が必要である。そのうえで、両者にどのような権利が配分されているかが明らかになっていなければならない。技術的な外部性が存在する場合のいちばんの問題点は、公害や、外部性の発生者と被害者の間に自由な交渉が成立するかどうかという点であった。

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外部性の発生者である経済主体と被害排出権をめぐる取引が成立すれば、企業の活動は最も効率的な水準に抑制されると者の間に、いうのが、コースの定理であるしかし、この定理に基づいて、「それでは外部性は自由な取引にまかせればいいのだ」というなぜならば、このようなコースの定理が成立するためには、ことはできない。
企業間や個人間での取引が自由に行われる必要があるからである。残念ながら、外部性を内部化する際に、このような自発的な取引が容易に実現すると考えるほど、楽観的にはなれない。正当事由制度が認める借家権の取引についても、同じことがいえる。

この際の問題点は、借家人と家主の間の存在する情報の非対称性の問題である家主が、家主と借家人との間での情報の問題のために、借家権保護のために、契約期間の終了をもって借家人を立ち退かせることができなくても、そのときに次善的な意味で家賃や敷金を引き上げればすむと思うかもしれない。

借家人のなかには、ある一定期間をもって、自発的に借家を立ち退いてくれる人もいれば、そうではなく、永住を決め込んでやってくる人もいるどのような借家人が永住を決め込んでいるか、あるいはどのような人たちが短期的な利用者であるかを識別することは、このとき、家賃を引き上げると、一般に容易ではない。短期的な居住者は家を借りに来なくなってしまう。家賃を少しくらい上げても痛痒を感じない。れに対して、長期永住を目論む人は、その結果、短期の借家人は市場から追い出されてしまう。その結果、コースの定理は成立しない。れは逆選択といわれる問題である。による識別が行われるそれは家賃を上げることではなく永住者と短期の借家人の両者を識別する方法が一つある。

規模の小さい住宅を供給することによって、借家の規模を小さくすることである。契約期間の終了をもって、白発的に立ち退いてくれる人を選別することが可能である。大きな住宅を提供永住希望者を引きつけてしまうために、借家権保護の温床となりやすい。することは、金融市場の貸出市場における借り手の行動とまったく同じである。このことは、逆選択は保険や貸出市場で起こる深刻な問題である。
資金の貸出市場においても、資金の貸し手と借り深刻な情報の非対称性がある。
借り手が安全な投資家なのか、手の間には、あるいは危険な投資家なのかを識別するのは、そのために取りうる手段は、必ずしも金利一般に容易ではない。を引き上げることではない。かりに金利を上げると、安全な借り手は借入れをやめるだろう。しかし、危険な借り手は痛痒を感じないであろう。むしろ、資金の額に制約をつけたほうが効果的である。
利子率を上げずに、むしろ資金量を制約することによって、安全な借り手を選別することが可能である。また、資金量が制約され一定額の頭金を自己資本から捻出しなければている場合には、投資計画を遂行するためには、ならない。
このことはプロジェクトの安全性を高め、貸し倒れを抑制するように働くであろう。このようなことは、貸出市場では常に起こる可能性がある。借家契約においても、借家人のタイプに関して情報の非対称性が存在する。

相続税はここまでかかりません家主がどのような借家人であるかを識別するには、家賃を上げるのではなく、いま述べたように、むしろ借家の広さを制限することによって、永住希望者、つまり借家をフルに利用しようとする人たちと、借家権の保護を必要としない人たちとを選別することができる。借家権保護を必要としない人たちを選別するために、結果的には借家の規模は小さくなってしまう。この意味で、情報の非対称性が存在するために、コースの定理は成立せず、借家の規模は制限されてしまうという事態が発生してしまう。繰り返しになるが、これは貸出資金の制約とまったく同じ結果である。

部性とコースの定理ロナルド·コースが一九九一年にノーベル経済学賞を受賞したイギリス生まれの経済学者、導いたコースの定理とは、外部性を内部化する際に、経済主体間の自発的な取引によって内部化が可能であることを示したものである。企業や個人間で自由な取引が存在すれば、外部性がその外部性を取引する市場が形成され、効率的な資源配分が実現されることを示存在しても、したものである。
明確に権利が規定されていれば、いい換えると、あらゆる財·サービスについて、その売買によって、効率的な状態が実現する。しかし、現実には、すべての財に所有権や財産権を規定することはむずかしい。

たとえば環境問題は、きれいな空気や静かな環境というものについて、それが誰の所有物なのか明確になっていないことから生じる。しかし、さほざまな環境についても権利が誰にあり汚染の責任が誰にあるのかが明確になれば、当事者間の自由な取引によって、効率的な状態が実現できるというのが、コースの定理の意味である。市場の失敗がある場合には市場メカニズムは、ある条件のもとで、最も効率的な資源配分を達成する。これは厚生経済学の第一命題といわれる有名な定理で、市場経済を支持するための重要な命題である。
しかし市場メカニズムによって、効率的な資源配分が実現しないケースがある。これは、「市場の失市場が失敗するケースの一つは、外部効果がある場合である。敗」と呼ばれている。そのとき市場メカニズムでは最適な資源配分を達成することができなくなる外部性とは、市場での取引が取引相手つまり売り手や買い手ではなくて、第三者に直接的に何らかの被害や便益を及ぼす場合をいう。

千里ニュータウン

相続時精算課税

ある個人が車で道路を走ることによって、ドライブというサービスを享受する。しかし、これによって、自動車会社やガソリンスタンドといった直接の取引相手以外の第三者、つまり沿道の住民に直接的な被害を及ぼす。自動車を運転することによって騒音を生み、NOx·SOxを吐直接沿道の住民に迷惑をかける。このとき市場は最適な資源配分に失敗する。き出し、つまり環境問題とは外部性の問題である。外部性によって市場が失敗する際に、さて、どのような方策を用いて最適な資源配分を実現すべきだろうか。
ピグーという経済学者が、市場が失敗する場合には、税制によって問題を解決できるという結論を導いた。これは税金をかけることで、排出物を出した自動車の交通量に影響を及ぼし、その交通量を減らすことによって、最適な資源配分に導こうとするものである。つまり、外部効果がある場合には、その汚染物質を出している自動車の交通量を抑制し、排出する汚染物質の量をコントロールしなければならない。
そのためには、自動車の交通量に対しドライブのコストを高くしなければならない。
て課税し、

いま述べた点を、もう少し詳しくみてみよう。図2-2は、自動車による交通サービスの需要曲線と供給曲線を描いたものである。

価格をタテ軸にとる。ある生産物の量をヨコ軸に、その生産物に対する需要曲線は右下がりに描くことができる。これは料金や価格が安くなれば、たくさん消費するようになるからである。他方、供給曲線私的限界費用曲線は、交通量の増加につれて上昇する結果、右上がりに描くことができる。
自由な市場のもとでは、需要と供給が等しくなる点E,で、価格は,生産量はGAに決まる供給曲線は、どれだけ資源を使っているか、負荷をかけているかということを示しており労働や土地、資本といった資源のコストを反映して描かれている。供給曲線が右上がりに描かれているのは、これらのコストが限界的に増加していくことを示している。
ただ静かな環境やきれいな空気といった資源を、自動車の利用者ドライバーは、で使って、交通サービスを生産している。
焼きそば沿道の住民にさまざまな不利益を与え空気を汚して、ている。そのときの外部効果、つまり沿道の住民に及ぼした不利益を費用として計上して、その分を供給曲線の上に積み上げなければならない。(厳密には社会的この合計を社会的な費用この積み上げ幅は、限界費用)と呼ぶ。どれだけ他の人に不利益を及ぼしているかを金銭的に示している。このとき供給曲線はS’S’曲線にシフトする。そのとき、最も効率的資源配分は点である。
これに対して点Zgの市場均衡では、きれいな空気と静かな環境という資源をただで使っている結果、ドライバーが負担する費用としては、ガソリン代や時間費用しか計上されていない。需要と供給の均衡点ムでは、その結果、白動車交通の生産量と消費量は過大になってしまう。つまり、社会的に望ましい交通量は点E,で示されるが、実際には点ムのように過大になっている。
自動車の交通によって騒音や汚染物質が排出されるために、市場にまかせると、この自動車交通量は作りすぎの状態になる。点ムの均衡を点E;に移すには、次のような方法が考えられる。一つの方法は、自動車の交通量に対して課税すればよい。
社会的費用SS曲線と私的限界費用SS曲線の差をTPとすると、円の税金をかければよい。
1単位の生産につきつまり交通量1単位の生産·消費によってどれだけの被害が発生しているかを金銭表示して税額を決め、この額を自動車交通量に課税すれば、価格はBに上昇し、供給曲線は上方にシフトする。均衡は点に移り、交通量へ減少する。

これがピグー税であるは自由な交渉で間これに対して、コースは、ドライバーと被害住民が自由に交渉できれば、この問題は解決され、ピグー税と同じく効率的な資源配分が実現できることを示した。

たとえば、ドライバーがきれいな空気と静かな環境を利用する権利以下、汚染権を所有しているとしよう。このとき、当初の状況は点ムである。被害住民は、ドライバーに1単位円の金銭を払って、自動車利用をあきらめるか汚染権を買おうと申し入れる。ドライバーは、否かの選択をする。

一単位の自動車利用をあきらめることによってドライバーが得るのは、被円と、自動車を利用した場合にかかったはずのコストとの合計である。害住民の払う以下ではこれを、節約額と呼ぼう。これは、SS曲線からヨコ軸までの垂直距離である。これに対し、一単位の自動車利用をあきらめたときにドライバーが失うのは、需要曲線からヨコ軸までの垂直距離に等しい。以下ではこれを費用額と呼ぼう。
図2-2から明らかなように、点ムでは、節約額が費用額を上回っている。したがって、ドライバーは被害住民の申し入れに応じ、汚染権を売り渡して自動車利用をあきらめるだろう。
被害住民は円を支払って、きれいな空気や静かな環境を手に入れる。このような交渉の結果点E,が実現できる。被害住民の申し入れに応じることが、点より右側では、ドライバーにとって有利だからである。

規模の大きな住宅”持家